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あれから四年


時間が止まったままの
3・11


 
| papier-colle | 00:22 | - | - |
自己相似性


命が終わってもなおも美しきフラクタル




| papier-colle | 21:30 | - | - |
天を仰ぐ


六十八年前の今日、地上六百メートルの上空で、片手にのる程のたった1Kgのウランが閃光と共に燃焼し、
120000人以上の人々の生命と日常が
一瞬のうちにこの世から消えた。

自分が生まれるわずか八年前のこの恐ろしい出来事は、歳を重ねるごとにリアリティを増して意識下に刻印されていく。
人類史上最悪の出来事があったこの日、改めて人の命の尊さを憶う。

ヒロシマとナガサキで亡くなられた多くの被爆者の方々のご冥福をお祈りいたします。




| papier-colle | 12:24 | - | - |
この国のかたち
人もモノも自然もすくなからず涙を流しているこの国の泉に天使は舞い降りてくれるだろうか


  泉の話をしよう。
  泉の、古い木枠を壊して、
  斬り倒したばかりの新しい樹で
  ぼくらは、新しい木枠を作った。
  これは、村の復活なんだ。
  誰もここから出て行かなくていいように。
  やって来た者は、誰でもここに根をはることができるように。
  泉は、人々に新しい命を与える
  未来がなくては、現在もない。

  『アレクセイと泉』より





| papier-colle | 13:00 | - | - |
未知の罠(仕掛け)



罠(仕掛け)とは、仕掛けられた側が知らず知らずの内に被害を受けることを目的とし、仕掛ける側が何らかの手段を講じること。また、講じた手段そのものを指したり、 人間や動物を捕獲、拘束、殺害する仕掛けを指す場合もある。




| papier-colle | 23:45 | - | trackbacks(0) |
教え
 


            いのちある限り繰り替えされる

    カ
     タ
      ル
       シ
        ス
         の
          旅

            人生
の黄昏にであった尊き光




| papier-colle | 23:55 | - | trackbacks(0) |
春の讃歌



 “パピエ・コレ” の庭にもようやく遅い春がやって来た
サクラ、ミツマタ、
ヤマブキ、スイセン、ボケ、ユキヤナギ、ヤマツツジ、モクレン、チューリップ、ムスカリ・・・。 奥多摩の自然は今、美しさを競うように一斉に花々が咲き乱れ、まさに春爛漫。
二重らせん(DNA)のなかに組み込まれた普遍の情報が自然界のサイクルとシンクロして花々に命を吹き込む。 昨年の今頃、同じ場所に咲いたことなど知らず、新たに豊潤な命を燃やす花 花 花・・・。

人類が
これから未来に創出するであろうあらゆる概念が、すでに自然界のなかに全て存在している不思議。




| papier-colle | 01:52 | - | trackbacks(0) |
Stand by Me



                     いのちを 燃やしても なおも美しい 植物のすがた



                                。



                          ワ タ シ ノ ソ バ ニ イ テ




| papier-colle | 20:11 | - | trackbacks(0) |
終焉の時



燃えるような色彩を放ち、みずみずしく旺盛にいのちを紡ぐ植物も時が戻るようにやがてはこの世から姿を消して逝く。
いのち在るものはすべて終焉の時を迎えるが、臨終を間近にしたいのちが、しぼんでいく侘びて細々とした時間帯が麗しいと思う。

軽妙洒脱な音楽にはないブルースのような生き様にして繊細な象牙細工の様なハート。とうに亡くなった無二の親友が、自身の憧れに重ねて愛していた、役者でありブルースシンガーの原田芳雄氏が先日、この世に幕を下ろして旅立った。
何度か通った江古田のライブハウスで親友と共に酒を交わした艶やかな夜。 その場に残してきた侘びた時間。 今となっては、そのすべてが引手がとれた引き出しの中に仕舞ってある、ありし日の夢まぼろし。

原田芳雄氏のご冥福をお祈り致します




| papier-colle | 20:48 | - | trackbacks(0) |
100日間の魂



震災から百日が過ぎた。あまりにも大きな傷跡に今だ癒えない被災地の心。
先日もTVで、全校生徒の七割が津波に流されてしまった小学校の惨事が報じられていた。避難するはずの高台まであと少しのところで、その悪魔の水は生徒達をのみ込んだ。もう少し判断が早かったら。何故迷ったのか。どうしてそっちの方向だったのか。全てはその時、その場にいた当事者にしか分かり得ぬことだ

あの日、命を奪われた子供達の魂は今、何処にいるのだろう。
「なぜ、
僕たちは犠牲になったの?」「なぜ、助からなかったの?」「なぜ?」 永遠の疑問符が波間を漂う。
津波の後の校舎に突き刺さる大木と大量の瓦礫。そこに降り積もった雪。映像は時にあまりにも非情だ。

先月、奈良の大仏殿で修学旅行の小学生達の屈託のない笑顔に出会った。
その光景が、震災で犠牲になった多くの子供達の姿と重なり、あの津波さえなかったら、もしかして同じ様にこの場所で笑顔をみせていたのかもしれないと想った。 戻らない小さな命。
哀しみに震える彷徨える魂が一日も早く救われることを、古(いにしえ)の広大な空間で独り祈った。

改めて震災で亡くなられた方々のご冥福を
お祈り致します。




| papier-colle | 15:01 | - | trackbacks(0) |

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