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“湿度” と “感性” に関する分析


奥多摩もすっかり梅雨空。あたりの景色はモノトーンへと変わり、きわだつ質感が美しい。

空からやってくる大量の水滴によって、
あり余る “湿度” がこの国の特徴的な自然環境を育み、そこに住む人々の心の拠り所を形成してきた。
曖昧な領域に本質を見ようとする日本人特有の繊細な “感性” が生まれた背景には、この湿度が多分に作用していることだろう。
 
カメラのレンズを通して写しだされる写真にも “湿度” は記録されている




| papier-colle | 22:00 | - | trackbacks(0) |
春が来た 山に里に



                      フタマタオ・スカイツリーにも春がやってきた。

                                マ
                                イ
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                                ト




| papier-colle | 14:20 | - | trackbacks(0) |
光の国



“質量がゼロの光は物質ではない” と子供の頃、理科の先生が言っていた。
光そのものを視ることと、光が当たった物質を視ることでは光の感じ方も違う。8マン(エイトマン:大昔のTVアニメ)の冷凍光線とウルトラマンのスペシウム光線もまた違う。何をいいたいかと言うと、人類にとって光はやっぱり特別なものだと言うこと、最近そんなことをよく考える。
天体少年だった頃、初めて反射望遠鏡でのぞいた月面の光が未だに忘れられないでいる。その後の人生に大きな影響を与えた光線。
地球上に在る光を集めて記憶する行為(写真)が楽しいのも天体観測に似ているからなのか? 光は不思議な存在だ。




| papier-colle | 23:50 | - | trackbacks(0) |
げに美しき冬の華



日常のなにげない自然現象の中に驚くべき世界を発見することがある。写真は早朝の厳しい寒さの中、車の窓ガラスに張り付いた氷の結晶。まるでレース編みのような細かな模様が連なって美しい
ほんの僅かな時間に劇的な表情をみせてその存在を消していく氷。冬の早朝には特別な時間が流れているようだ。
自然のサイクルの中で何事もなかったように忘れ去られていく現象は、時に人の身の上に起こる出来事にも似て、過ぎ去ってみればただの淡い記憶という存在となるだけ




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秋本番



秋 風 に 折 れ て 悲 し き 桑 の 杖

芭 蕉




| papier-colle | 23:59 | - | trackbacks(0) |
9月のこと



9月の日本列島が台風の猛威でずたずたに切り刻まれている。今月初旬からの度重なる台風や大雨で日本の各地が災害に遭い、多くの人命や生活が奪われてしまった。
大自然の脅威に人は成す術もないが、このことは何か大きな意味があって震災後の日本を通して日本人の次なる意識が試されている様な気がしてならない。

話しは変わるが、9月といえば旧暦では「長月(ながつき)」といい、夜長の月が美しい季節。先日も傍らに木星をともなった “中秋の名月” が実に風流だった。月とくれば当然、“名月” を愛でながらの一杯、すきな日本酒がより美味しく感じた一夜だった。

9月は変化にとんだ節目の月、人の心も何かと落ち着かない。そんな9月だが、間もなくバランスのとれた
美的精神をつかさどる調和の星座 “天秤座” の周期に入る。 深い秋が少しずつ近付いている。 




| papier-colle | 23:04 | - | trackbacks(0) |
わが谷は緑なりき



昨日の朝の奥多摩橋からの眺望。

台風の通過で増水した川は鉛色に濁り、いつもの清流とはほど遠い姿を見せている。その流れとは対極に空は息を吹き返したかの様に呼吸しはじめ、崇高な光を放っている。 人の心もまた二律背反の矛盾のなかで、時には濁り 時には輝き 自然の営みと共に深く呼吸している。

美しい自然と家族の幸せ。だが、人生に繰り返し訪れる、人の力ではどうにもならない予期せぬ災難。人間の悲哀に満ちた心の葛藤を、家族愛と共に描いた珠玉の銀幕「わが谷は緑なりき」(ジョン・フォード監督作品 1941年 アメリカ映画) に登場する人々の姿が現在(いま)と重なって、この美しい自然がいつまでも続くことを願わずにはいられなかった。




| papier-colle | 13:40 | - | trackbacks(0) |
白百合様


立秋を迎える頃に「パピエ・コレ」の庭にお出ましになられる “白百合” 様。
百合は昔から女性の優雅な歩き姿に例えられるが、花言葉を調べてみたら “純潔・無垢”とあった。 気品ある凛とした佇まいに、他を寄せ付けない存在感と自己主張の強さが、この時期の庭を支配する。
近付き難いが放っておけない、
清楚で気の強いお嬢様のような花。それが “百合” のイメージ。 できれば、真昼の太陽の下でお会いするよりは、しっとりとした雨の日か、秋の夜の月明かりの下でお会いしたい方である・・・。  限りなく勝手な妄想は広がるが、でも花としてはどちらかと言うと苦手なタイプ。

きっと百合は花冥利につきる特別な存在としてこの世に在るのだろう。
画家の「ジョージア・オキーフ」が、その気高さに象徴されるモチーフとして、この花を描いていることでも分かる様な気がする。




| papier-colle | 15:44 | - | trackbacks(0) |
寸劇の余韻



「雨」の幕間に、山にかかる霧がみるみる周辺を覆い、広大な舞台を白い余韻でうめてしまう。
自然界のドラマは、ただただ繰り返される、時間もなく主役もいないオムニバスな寸劇

(女)(男)

 雨  と
 の  く
 日  に
 は  雨
 き  の
 ら  場
 い  面
 よ  は
 洗  神
 濯  秘
 物  的
 が  で
 乾  い
 わ  い
 か  ね
 な
 い 
 か
 ら




| papier-colle | 23:13 | - | trackbacks(0) |
コレクションの鬼



写真は「鬼グルミ」の木。
奥多摩では
この時期、実をつけた姿を方々で見ることができる。調べたところ、アレロパシー(他感作用)という物質を発散するため、クルミの木の下では笹類を除いてほとんどの植物が育たないと言われている。何とも排他的で自己顕示欲の強い植物だ。9月から10月にかけて実が熟して落ちるが、果肉が腐った頃を見計らって野ネズミやリス達がやって来て、固いクルミの種に穴をあけ好物にありつく。晩秋から冬にかけて多摩川の河原には彼らに穴をあけられたクルミの殻が沢山流れ着く。ひとつの殻にはたいてい裏表で二ヶ所穴があけられているが時々、失敗したのか三ヶ所のときもある。その造形が可愛らしく魅力的なので、ついつい拾い集めて、今ではまるでコレクションの様に増えてしまっている。

オニグルミ(クルミ科 クルミ属)




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